ホーム > History/歴史, Reading/読書 > パクス・アメリカーナへの道 胎動する戦後世界秩序

パクス・アメリカーナへの道 胎動する戦後世界秩序

2010年4月17日

#アジア各国をEUに例えるとどうなのだろう。

#日本はドイツ、中国はフランスだろうか。

#韓国はポーランドか。

#イギリスの位置にいるアジアの国はどこだろう。

#EUと距離を置いているという点で、オーストラリアになるのだろうか。

#オーストラリアはそこまで大国という感じじゃないなあ。

#アジアはアジアとして、形成できるといいのだけど。

#2008前半#

書名:パクス・アメリカーナへの道 胎動する戦後世界秩序

著者:紀平英作

出版社:山川出版社

ISBN-10:4634481103

ISBN-13:978-4634481107

発売日:1996/12

###

「協定は確かに一面では、合衆国側の提案を英国が押し返した結果であった。

がしかし、合衆国にとって当面は譲歩であったとしても、その協定に至る経緯は、

1941年から43年にかけて米・英の関係が戦前とは明確に逆転したことを、両国指導者に改めて確認させる内容であった。

ケベック協定の重要な歴史的意義は、まずその点にあった。」

p25

###

「英国は戦時中、合衆国から武器を中心に膨大な物資の貸与(いわゆる武器貸与法援助)を受けていた。

その総額は、41年から45年にかけて最終的に300億ドルを上回るものであった。

加えて、英国は戦後合衆国から、

ホワイト提案に盛り込まれた国際復興開発銀行融資ではなく、より有利な政府間借款の供与を期待していた。

 英連邦スターリング・ブロック体制を維持しようとする一部国内議論との、厳しい対立を覚悟しながらも、

ケインズらは、すでに43年末の時点で、戦後英国経済が合衆国の協力関係を無視しては立ち行かなくなる事実を承認し、

ホワイト案の受け入れを決断していた。」

p78

###

「ハイドパーク覚書には、実は今ひとつの重要な合意事項があった。

原爆が開発された場合、それを最初に投下する対象は、日本であるという合意であった。

『最高の機密事項とされなければならない一方、実際『爆弾』が完成した際には、

熟慮をへたうえで、日本に対しておそらく用いられるであろう。

そして日本は、降伏するまで、この原爆による攻撃が繰り返されることを警告されるべきであろう』

p177

###

「『長官は、会議において合意に達した結論として、日本には一切警告を与えないこと、

そして投下地点としては、ことさらに市民地区とすることはできないが、

しかし可能な限り多くの住民に対して深い心理的影響を与えうる地点を求めるべきであることを、全体の議論としてまとめた。

そのうえでコンプトンが提出した、投下のターゲットとしては、

多くの労働者が働き、かつ周辺に労働者住宅街が近接している重要軍事工場が最適であるという提案に同意した。』」

p180

###

「フランスは、当然のことながらドイツの弱体化を目指していた。

ザールの併合、ラインライトの切り離し、ルールの国際管理による石炭のフランスへの供給確保、

これらは基本的にドイツの産業基盤、とくにそのエネルギー部門と重工業部門を縮小させようとする施策であった。

ドイツ経済が軽工業を中心とした分散的なものとなること、

加えて、フランスが事実上ラインライトを含めて当方に影響圏を広げることが、

フランスの軍事的・政治的安全保障であるというのが、彼らの第一認識であった。

そうしたドイツの弱体化を求めたことの間のフランスの立場は、

対ドイツ政策としてみるとき、ソ連の主張と表向き共通する点を持ったことも事実であった」

p222

###

「戦後の鉄鋼生産を先ず大規模に拡大し、

さらに自動車・電機などの現代的耐久消費財産業の急速な育成を図ることで、

ドイツに代わってフランス重工業、耐久消費財産業を、ヨーロッパ経済の基幹部門にすえようとする計画であった。」

「石炭さらには石油を中心としたエネルギー源を潤沢に確保することが今ひとつ不可欠であった。

ドイツから賠償として工場施設とともに石炭を要求し、

さらに国際管理によってルール石炭の供給確保を求めた要求は、

戦後におけるフランス産業刷新計画の基礎的要求として考えられていたのであり、

それはまた、ヨーロッパの経済政治地図を戦後長期に変えることをも意図した構想であった。」

p223

###

「合衆国政府が深刻視したのは、つまるところ軍政府当局が指摘した占領コストの膨大さであった。

46年、米英占領地域を合わせると6億ドルものコストが、食糧配給さらには石炭不足のために費消されたとされた。」

p227

###

「米英政府による両占領地域の経済統合という合意によって一挙に変化した。
以後、米英間で両占領地域の経済統合の具体案作成が、ソ連、フランスを抜きにして進められていった。」

p221

###

「英国、フランスなど西欧諸国の貿易赤字のおよそ60%が、じつに対米赤字であった。

合衆国と西欧との新しい戦後関係は、この経済関係と無縁ではありえなかった。」

「マーシャルプランはつまるところ経済的に言えば、

西欧諸国のその経済不全状況、とくにその最大の兆候であった対外貿易収支の悪化を、

合衆国自身も考慮すべき深刻な問題とみなし、

合衆国政府資金の援助をもって改善することを呼びかけたものにほかならなかった。」

p265

###

「パリ会議を継続させた最終の対処策となるものが、

ほかならぬ八月後半に成立した上述の、米英仏三国間におけるルール国際管理案であった。

その合意によって、フランスはルール石炭および鉄鋼に対する発言権を将来に向けて確保した。

それはフランスがこの時点で、合衆国からひきだしうる最大の譲歩であった。

この三国合意を機に、合衆国政府が経済援助計画を介して実現を求めた西欧協調という政治的展望は、まちがいなく大きく開けた。

ほかでもない、フランスはルール国際管理案への合意をえたことの見送りとして、

七月に出された修正西ドイツ「産業水準案」を承認し、

さらにはこの年末に、フランス占領地域を米英ドイツ占領地域に統合することを約束したのである。」

p276

拍手を贈る

広告
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。