Art/芸術4

2009年11月11日

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「ギリシア人は形の性格にある誇張を加えて、その見たところを模写したに過ぎません。

 ただ、彼らはそこに誠意を置いた。高大なる信仰を置きました」

…ロダン

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「日本芸術はそのどこまでも辛抱強い観察と、

 極小のものにある美の探究とでわれわれの芸術より秀れています。

 この芸術の優越は近世からの事でない。

 ヨーロッパの風習をあの国が適用した事とはまるで関係しません。

 反対に、もっとずっと昔からの事です。

 そして数世紀のゆるやかな発達を通して完全を得たのです」

…ロダン

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「伝統は自分にかかっている。おれによって生かしうるんだ、と言いはなち、

 新しい価値を現在に創りあげる。

 伝統はそういうものによってのみたくましく継承されるのです。

 形式ではない。

 受けつがれるものは生命力であり、その業――因果律です」

…岡本太郎

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「文化は土着しなければ単に流行として過ぎ去り、

 本当の文化として根を下ろしたことにはなりません。

 宗教も芸術も思想も、その民族固有の色彩が加えられらて、

 結局は民族文化となってゆくのであります。

 つまり文化は、その民族にとって生きることの意味であり、

 いわば「生きる拠り所」であるとも言えましょう。

 それでは、日常の立ち居ふるまいから思想に至るすべての文化の中で、

 民族の存亡にかかわるような重大な核となっているのはなんでしょうか。

 それを奪われることが最も致命的打撃となる文化は?

 それは着物でもなければ住居でもありません。

 人類が毎日話している言葉、民族それぞれの言葉であります。

 ある民族から固有の言葉が失われるとき、その民族文化は最も重大な危機を迎えます。

 反対に、極端な場合には人種的特徴が変わってしまっても、

 言葉があるかぎり民族文化は滅びないでしょう。」

…本田勝一

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「粗雑なもの、不実なもの、利己的なものはすべて心の中から消え失せねばならないだろう。

 そうでなければ、純粋で偽る事のない自然に侮辱される事になろう。

 もしこのように考える人ならば、よろこんで自己の生涯の数年間をそれに捧げ、

 それによって感覚と精神と、そして性格を錬磨するために、

 この方法でこういう学問の分野に打ち込むだろう。 

 彼らは法則というものを尊重するようになり、

 人間の精神に可能な限り、神的なものに近づく事だろう。」

…エッカーマン 色彩論、自然科学について

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「人々はあまりにも詩や超感覚的な神秘にとらわれすぎている。

 そういうものは、主観的で、どういうふうにでもなりやすく、人間を少しも進歩させずに、

 むしろ自惚れるか、せいぜいあるがままに放任するに過ぎない。」

…エッカーマン

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「詩においては、第二の自然のように存在し、私たちを高めるか、あるいは侮蔑するところの、

 真に偉大なものと純粋なものだけが有益なのである。」

…エッカーマン

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「不完全な詩は私たちの欠陥を拡大してしまうが、

 それは私たちがその詩人の弱点に感染してしまうからである。

 しかも私たちは、自分の性にあったものは不完全と認めないのだから、

 意識せずに感染してしまうわけだ。」

…エッカーマン

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「詩の中の良いものからも、悪いものからも、多少でも利益を得るためには、

 人はそこに至るまでに極めて高い立場に立って、

 そういったものを客観的なものとして観察できるような基礎を持たなければならないだろう。

 そのためには、自然と交わる事をすすめる。

 自然は私たちの弱点を絶対に甘やかさないし、

 また、私たちを高めるか、あるいはいかなる時も私たちに無関心でいるからである。」

…エッカーマン

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「私があるものを探し求めているなら、すでにそれを発見しているからに他なりません。

 精神は己が所有しているものしか欲しません。発見するとは、対象が見えるようになることです。

 私にとってまだ意味を持たぬものを、どうして探し求めるはずがありましょう。

 (中略)私は構造に対する本能を持っていました。」

…サン・テグジュペリ

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「文学作品におけるプランは論理家や歴史家、批評家が思い違いをするものの一つである。

 なぜなら磁力線は必然的に強力な磁極の周囲に出来上がってゆくのであるから。

 プランは強烈な生存の結果であって、その原因ではない。

 言い換えればひとたび完成され、完全に整ったものとして脚光を浴びた交響曲や彫刻の(予定の)プランについて誰が云々しうるであろうか。

 書く前に私が私の作品のある動きを口にするとしても

 (ここで調子が高まり、ここではこのように回想風となり、ここではもっと暗くなる・・というように)、

 それは私の作品を条件づけるあのプランではない。

 それはこれからある作品を書こうとしていることの表現に過ぎない。

 なぜならもとより本質的なものは構造としてまず現れてくるのであるから。

 しかし私の仕事はまさにまた本質的に、ひとりそれのみが意味を持つかの構造を発見し、引き出すことにあるのだ。

 だからその構造が作品を統御し抑制せんとする厳しい手段だと考えるのはいささか理屈に外れている。

 言葉が言葉にならぬ本質的なものに似てくるまで終始私が修正を加えてゆくもの、それこそまさにプランであろう。

 《言葉には秩序が必要だ》というのは事理をわきまえぬ言い方である。いったん話されると言葉は秩序となる。

 偉大な運命のように。樹木のように。しかし人はそこに征服し建立するためのトリックがあると信じている。彼らは生に先んじて秩序から始めるのだ。

 自然の法則もまた同断である。秩序とはなかんずく自然の表現なのだ。」

…サン・テグジュペリ

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「概念、私は概念が自分の中に生まれてくるのを待っていさえすればよい。概念を探しにゆくいかなる手段も私にはない。」

…サン・テグジュペリ

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「概念は定義を含むが、定義に先行するものだ。概念とはそのことを規定しようとする思念だ。」

…サン・テグジュペリ

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「音楽の演奏者や劇の俳優達は技術家である。彼らは芸術家でない。

 なぜといって彼らは真の「創作」をもってゐないじゃないか。」

…萩原朔太郎

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「ある巨匠の作品を演奏するピアニストが、

 その巨匠を忘れさせて、まるで自分の生涯の物語を語っているとか、

 まさに何か体験しているふうに見えたとき、最もうまく弾いたことになろう。」

…ニーチェ

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