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Antoine de Saint-Exupery/サン=テグジュペリ4

2009年10月8日

#20041028#

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「僕の最大の努力は、自分にものを考えさせまいとすることだった。

 僕はあまりにも苦しかった、そのうえ僕の状態はあまりにも絶望的だった。

 歩く勇気を持つには、この状態を考えてはならなかった。

 困ったことに、僕は自分の脳髄が思うように制御できなかった。

 頭は蒸気機関のように働いた。

 ただ僕にはまだ頭のために対象物を選んでやることだけはできた。

 僕は自分の頭を、以前読んだことのある書物、以前一度見たことのある映画に熱中させた。

 するとその映画なり書物なりが、非常な勢いで僕のなかを通過した。

 やがてそれが、またしてもぼくを、今の自分の状態に連れ戻した。

 例外なしに。すると僕は、また自分の頭を他の思い出に向けた。」

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「彼らが絶望しているように見える今も私は希望を失わずにいるが、

 私もまた彼らから離れてしまったわけではない。

 私はただ単に彼らの希望の部分だ。もちろん、わたしたちはすでに敗者だ。

 すべてが中断の状態にある。すべてが崩壊し始めている。

 だがわたしは、勝者の平静な心を味わい続けている。これらの言葉は矛盾しているだろうか?

 言葉などどうでもいい。わたしは、ペニコ、オシュデ、アリアス、ガヴォワルと同じだ。

 私たちは自分の勝利の感情を正当化するための言語を何一つ持っていない。

 だが、自分の責任だけは自覚している。

 だれであろうと、責任を自覚すると同時に絶望するわけにはいかないのだ……」

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「絶望というものは決して存在しない。

 敗北のうちに絶望が見出されると思うならば、君たちは敗北について何も知らないということになる。」

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<しかし、真の哲学者は───わが友らよ、我々にはこう思われるではないか───

 「哲学的にでなく」、また「賢明にでなく」、何よりも利巧にでなく生き、

 しかも生の凡百の試練と誘惑に立ち向かう重責と義務とを感じるものだ。

 ───彼はたえず自己を賭ける。彼は分の悪い賭け事にこそ敢えて臨むのである……>

…ニーチェ

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<私を信じたまえ。

 存在のもっとも偉大なる豊かさと喜びは、危険に生きることなのである。>

…ニーチェ

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「一度あの風を味わったものは、この糧の味を忘れない。そうではないか、我が友らよ?

 問題はけっして危険な生き方をすることにあるのではない。

 この公式は小生意気だ。闘牛士は僕の気に入らない。

 危険ではないのだ、僕が愛しているものは。

 僕は知っている、自分が何を愛しているか、それは生命だ。」

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「生命はいつでも定式を打破する。

 敗北は、その醜さにもかかわらず、己が復活への唯一の道であることを示すことができる。

 樹を創造するためには種子を腐敗にゆだねなければならない。私はこのことをよく知っている。

 抵抗の第一歩は、それが遅きに失した場合、いつでも敗れる。

 だが、それは抵抗の目覚めなのだ。

 おそらく一本の樹が、種子から生まれるように、それから芽を出すだろう。」

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「敗北………。勝利………。わたしにはこのような決まり文句の使い方がよくわからない。

 心を高揚させる勝利もあれば、堕落させる勝利もある。

 心を打ちひしぐ敗北もあれば、目覚めさせる敗北もある。

 生命というものは、その時々の状態によって説明されるものではない。

 その歩みによって説明されるものだ。

 私が疑うことのできぬ唯一の勝利は、種子の力の中に宿る勝利だ。

 黒い大地の中に蒔かれた種子は、すでにして勝者だ。

 しかし、小麦に宿るその勝利に立ち会うためには、時の流れが必要なのだ。」

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「次の瞬間に対する死の予感の中に生きるのではなく、先立つ瞬間が過ぎると、蘇生の中に生きることになる。

 私は尾を曳く歓びの中で生きている。歓びの水脈の中で生きている。

 そして、まったく予想もしなかった快感を味わい始めている。

 まるで、瞬間ごとに生命が与えられるようだ。

 瞬間ごとに、生命がますます鋭敏に感じ取られてくるようだ。

 私は生きている。生き続けている。まだ生き続けている。あいかわらず生き続けている。

 私はもはや生命の泉に他ならない。生命の陶酔が私を襲う。」

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「種子は必死に太陽を求めつつ、土中の砂利の中から、必ず赴くべき道を発見する。

 純粋な論理家にしても、いかなる太陽も彼を己から引き出さないなら、錯綜とした諸問題の中に埋没してしまう。」

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「諸々の事物を立ち越えて、それらを結び合わせている聖なる結び目にいたることが出来る人たちでさえ、

 常時その能力を保有しているわけではない。

 魂は睡りに満たされている。鍛えられない魂は、なおのこと睡りに満たされている。

 ここなる人たちから、あたかも雷電に打たれるように、彼らが啓示に打たれることをどうして期待しえようか?

 雷電のうちに己を合一させるものたちのみが、雷電に遭遇するのだ。

 なぜなら、燃え上がるために築き上げられていた彼らは、その面ざしを待ち望んでいたからである。

 祈りに精進させ、愛に向かって解き放ってやった男についても同様である。

 私がしっかりとその男の礎を築いてやったとき、彼にとっては、剣のように輝く微笑があることになろう。

 だが、他の者たちは欲望しか知らぬであろう。」

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「私がわが友というのは、私がその人間の中に認めた人間である。

 今はおそらくその母岩の中に埋もれて眠っているが、私と面と向かうと、私が何者であるかを認め、

 微笑みながら、その姿を現してくるような人間である。

 たとえ、私から離れた場合、彼が私を裏切るようなことになるとしても、事情に変わりはない。」

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「幻滅とは、低劣なる感情である。

 なぜなら、ある人間のなかに、おまえの愛さぬ別のものもあるとしても、

 お前がその人間のなかでまずもって愛したものが、どうして壊されるのか。」

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「愛と、所有の陶酔とを混同してはならぬ。このような陶酔は、最悪の苦痛をもたらすものである。

 思うに、世俗の意見とは反対に、愛は人を苦しめるものではないのだ。

 我有化の本能こそ、人を苦しめるものであり、これは愛の反対物である。

(中略)

 真の愛は、もはや何一つ報いを期待せぬときにはじまるのである。」

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Antoine de Saint-Exupery/サン=テグジュペリ

Antoine de Saint-Exupery/サン=テグジュペリ2

Antoine de Saint-Exupery/サン=テグジュペリ3

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