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Albert Camus/アルベール・カミュ3

2009年7月25日

#20061116#

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「創造と行為の間の距離を考えてみなければならない。

真の芸術家は、彼の行為と想像力の中間にいる。

それが『有能な』芸術家であることなのだ。

彼は自分が描くものになれるだろうし、彼が書く事柄を生きるだろう。

行為だけが彼を規定するだろうし、彼は、自分が果たした行為になるだろう。」

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「不条理に到達し、

『それゆえに』生きて自分の力を試そうとする男は、

意識とは、維持するのが世界で一番難しいものだ、

ということをいつも思い知らされる。

周囲の事情が、ほとんどいつもそれを妨げるのだ。

雲散霧消こそ常である一つの世界で、

明晰さに生きることが問題なのだ。

こうして彼は、真の問題とは、

『たとえ神がなくとも』心理学的統一の問題であり、

(不条理の働きは、実際には、

世界と精神の形而上学的統一の問題しか提起しない)、

内心の平和であることに気づくのだ。

同様に彼は、かかる内心の平和は、

世界と和解しようとする至難な規律なくしては可能でないことにも気がつく。」

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「現代の知性は全く混乱している。

知識は、世界と精神がその支点をすっかり失ってしまったほど広がった。

我々がニヒリズムに苦しんでいるのは事実だ。

だがもっと不思議なのは『回帰』を説く説教だ。

中世に、原始的な精神状態に、大地に、宗教に、

凝り固まった古めかしい解決策に帰れと説くことだ。

こうした救済策にほんのわずかの効果をもたらすためには、

あたかも我々の知識はもはや存在していないかのように―――

あたかも我々が何も学ばなかったように―――振る舞わねばならぬことであり、

結局は拭い去り得ぬものを拭い去るかのように振る舞わねばならぬことだろう。

そして数世紀がもたらした利益を、

また終局的には(それが精神の最終的な進歩なのだ)

自分自身のためにカオスを再創造する精神の否定しがたい収穫を、

一筆の元に消し去らねばならぬかのようだ。

そんなことは不可能だ。

治癒のためには、こうした明晰さ、こうした明察に甘んじねばならない。

我々が我々の追放から突然獲得した認識の光を考慮せねばならない。

知性は混乱していない。

というのは、認識が世界を揺り動かしたからだ。

知性は混乱している。

というのは、それがこうした動揺を治めることが出来ないからだ。

知性はこうした考えに慣れてはいなかった。

知性はそれに慣れなければならぬ。

そうすれば混乱は消え去るだろう。

あとにはただ動揺と、精神がそれから得る明瞭な認識だけだ。

それこそまったく再建すべき文明なのだ。」

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