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表現者とリーダー

お前のすべきことは、あの地平、あの高み、もはや過ぎ去ったあの場所を、

思い出しながら詩へと持ち帰り、歌いあげることではない。

お前はそれらの行為によって、

確かに、同じ郷愁の念を抱く者たちの慰みとなることはできよう。

しかし、郷愁の念に捕らわれた人間だけの社会はあまりに脆弱なものだ。

人は、死の淵、あの雪の降った早朝のような冷徹な世界で生の湧き水とその流れを予感しなければならない。

リーダーを待ち焦がれるな。

リーダーは常に生まれて、存在している。

しかし彼らは、常に過去の認識しか語ることのできない人間に抑圧され、常識という過去の認識に抑圧され、身を隠している。

君ら、表現者よ。

もし君らが、身を隠しているリーダーが意を決して出てくる事を願うならば、

世の惨状と無常さを嘆くのではなく―――リーダーというものは、そのような澱みに対する駆逐願望を『すでに持たされ』ている―――、

リーダーたちの祈りを、代わりに歌いあげてやるがよい。

彼らは耳を塞ぐかもしれぬ。

何か強烈な帰属意識か、理想、狂気のようなものがなければ、

自らリーダーの資質を生かそうとは思わないものだ。

それほどまでにその生き方は危険であり、

勝ち目の薄く、利益のない賭けである。

だが友らよ、リーダーたる者は知っている。

自らの生命が求めている生き方は、躍動と充実の生き方は、それしかないのだと。

その事実に嘆きながら、彼らは酒や薬、食べ物に逃げ、無責任な人間のように装い、

見ることや聞くことに自ら制限をかける。

しかし君ら、表現者よ。

リーダーの資質を持ってしまった者を、鼓舞し、彼らに現実を見させ、行動させるのだ。

間断なき鼓舞と断続的な悲劇によって、リーダーが賭けに負けてもいいと思えるような状況を作るがよい。

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